喜光寺 會津八一歌碑|写真マイガーデンシリーズ


喜光寺 會津八一歌碑

2017.07.12(00:01) 2764

喜光寺 會津八一歌碑


  喜光寺(きこうじ)
     奈良県奈良市菅原町にある法相宗の寺院。
  この一帯が菅原氏の治領であったことから「菅原寺」とも呼ばれ 掲額されている。
     山号は清涼山。

DSC_8288_20170710165208a78.jpg



會津 八一 歌

   ひとりきて かなしむ てらのしろかべに

        汽車のひびきの ゆきかへりつつ


tsDSC_8263.jpg



≪解説≫
   「一人来て悲しむ寺の白壁に汽車の響きのゆきかへりつつ」ということで、一人やってきて、この寺の荒れ果てた様を悲しんでいる私に汽車の響きが、寺の白壁にゆきかえりする。

DSC_8255.jpg



 歌集 『南京新唱』 および歌集 『鹿鳴集』 の 「南京新唱」 にある歌
   『南京新唱』 では、「てら」 が 「寺」 に、 『鹿鳴集』 ではすべてがかな書きになっている。

DSC_8262.jpg




   荒れ果て傾いていた明治中期ころの喜光寺(写真ネットより拝借)

20150627180048f2f_20170710165609d28.jpg



『鹿鳴集』 には、「菅原の喜光寺にて」 と詞書にあり
  『自註』 に、「作者が、この歌を詠みしは、この寺の屋根破れ、柱ゆがみて、荒廃の状目も当てかねし頃なり。
住僧はありとも見えず。
  境内には所狭きまでに刈稲の束を掛け連ねて、その間に、昼も野鼠のすだくを聞けり。
すなはち修繕後の現状とは全くその趣を異にしたりき」 と書いている。



DSC_8288_20170710165208a78.jpg



喜光寺は、奈良時代に行基が創建したと伝える古い寺で、室町時代の金堂は奈良時代の様式で建てられたために、「大仏殿試みの雛形」と言われている。
しかし、『自註』 にあるように時代が下ると荒廃を深めていったようである。

近年は写経勧進によって伽藍の整備がすすめられて見違えるようにきれいな寺院になってきた。

   ≪情報 : http://members2.jcom.home.ne.jp/mta5-8hg3yd7/yaiti25.html より≫


DSC_8290.jpg



   喜光寺 會津八一歌碑

   
↓ブログランキングの応援クリック↓
   よろしくお願いします

自己啓発 ブログランキングへ

クメゼミ参加してみませんか?申し込みや詳細内容はこちらをクリック

<<ニコン一眼レフ フィルムカメラ 「ニコマート」と「ニッコールマート」 | ホームへ | 梅雨模様 蓮模様と 「ロータス効果」>>
コメント
りらさん
コメントありがとうございます。

會津八一は奈良の地でも沢山歌を残していて

「春日野に おし照る月の ほがらかに 秋の夕べと なりにけるかも」(「南京新唱」春日野にて)

「水煙の 天つ乙女が 衣手の 隙にも澄める 秋の空かな」(「南京新唱」薬師寺)

イメージが沸き上がる素敵な歌ですね

りらさん
それぞれの人生 豊かにエンジョイしましょう~♪
いつもあリガとうございます。


◆ひとりきて かなしむ てらのしろかべに
汽車のひびきの ゆきかへりつつ

> ≪解説≫
> 「一人来て悲しむ寺の白壁に汽車の響きのゆきかへりつつ」ということで、一人やってきて、この寺の荒れ果てた様を悲しんでいる私に汽車の響きが、寺の白壁にゆきかえりする

> 感銘を受けました
> 教えて頂き有難うございます
【2017/07/12 22:34】 | クメゼミ塾長 #LCCNbXwA | [edit]
會津 八一 歌

   ひとりきて かなしむ てらのしろかべに

        汽車のひびきの ゆきかへりつつ


≪解説≫
   「一人来て悲しむ寺の白壁に汽車の響きのゆきかへりつつ」ということで、一人やってきて、この寺の荒れ果てた様を悲しんでいる私に汽車の響きが、寺の白壁にゆきかえりする

感銘を受けました
教えて頂き有難うございます
【2017/07/12 20:44】 | りら #sSHoJftA | [edit]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する