氷室神社|写真マイガーデンシリーズ


氷室神社

2016.11.28(00:01) 2536

氷室神社


   枝垂れ桜

      今は静かに

   春を待つ

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   「氷室神社」

   名前の通り 氷に所縁のある神社

      氷の神籤(みくじ)

   神籤(みくじ)を氷に張り付けると

      文字が浮かんでくるそうです


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氷室神社 境内
  春日造の一ノ鳥居が、登大路に面する。
鳥居を入ると両側に石灯籠が立ち並び、右手に手水舎、左手に境内社の祓戸社がある。

右手の石灯籠、手水舎の背後には、鏡池と枝垂れ桜がある。
  正面石段を登ると表門(四脚門)と東西廊がある。

表門・東西廊
この3棟は奈良県指定有形文化財であり、棟札が建物の附(つけたり)として指定されている。

棟札によると、表門は寛永19年(1642年)の修理であり、内裏の日御門扉および金5枚を寄付されて修復されたとある。

門は四脚門形式で屋根は本瓦葺、東西廊は門に接続し、それぞれ桁行3間、梁行2間である。



  秋が別れるのが嫌だと

     氷に張り付いていました


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 「氷室神社」 由緒は「氷室神社縁起」絵巻に記されており また『続日本紀』や『元要記』にも散見される。

和銅3年(710年)、元明天皇の勅命により 吉城川上流の月日磐に氷神を奉祀し(下津岩根社)
  厳寒に結氷させたものを氷室に蓄え、翌年に平城京へ献氷させる制度が創始された。

翌和銅4年(711年)6月1日に初めて献氷の勅祭が興され、以降毎年4月1日より9月30日まで平城京に氷を納めた。
  奈良朝7代、70年余りの間はこの制度は継続したが
平安遷都後は廃止され、貞観2年(860年)、清和天皇の時期になって、現在の地に奉遷され、左右2神を併せ三座となった。
  社殿が建立されたのは建保5年(1217年)とされている。

以来、春日大社の別宮に属し、式年費用や営繕費、祭礼費などは春日社、興福寺の朱印高2万石、および社頭所禄
  三方楽所料2千石などの一部によって行われたが、明治以降はこの制度も廃止され
氏子と冷凍氷業界の奉賛により維持される形になっている。

祭神
  闘鶏稲置大山主命・大鷦鷯命・額田大仲彦命

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本殿
  奈良県指定有形文化財。
三間社流造・檜皮葺で江戸時代末期の造替といわれる。
  本殿床下には2室があり、両開き板戸がつけられている。
本殿前の拝殿は、勾欄付きで舞楽殿となっている。

   ≪情報: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E5%AE%A4%E7%A5%9E%E7%A4%BEより≫


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  氷室神社


   
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コメント
りらさん
コメントありがとうございます

氷の神籤 なかなか見かけないですよね
氷に所縁のある氷室神社なればこそ なのでしょう

氷室は貴族たちが夏の季節に氷を所望するときの設備
奈良時代に 夏場に氷とは贅沢ですよね

氷の文化 今も大切に引き継がれ 感服しかりです
りらさん
貴族は当時から贅沢だったのですね

夏に海鮮類も手に入れる
海のない奈良では大変なことだったと思えますよね

りらさん
新しい色々なことが分かって 参考になりますね
いつもありがとうございます


> クメゼミ塾長様
> 氷の神籤のことは初めて知りました
> 記事興味深く拝読させて頂きました
> 有難う御座います
【2016/11/29 03:24】 | クメゼミ塾長 #LCCNbXwA | [edit]
クメゼミ塾長様

氷の神籤のことは初めて知りました
記事興味深く拝読させて頂きました
有難う御座います
【2016/11/28 19:04】 | りら #sSHoJftA | [edit]
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