お伊勢参り 伊勢神宮 20年に一度の「神宮式年遷宮」 その2|写真マイガーデンシリーズ


お伊勢参り 伊勢神宮 20年に一度の「神宮式年遷宮」 その2

2013.11.14(00:01) 1409

お伊勢参り 伊勢神宮 20年に一度の「神宮式年遷宮」 その2


  やっと 来れました 「お伊勢参り」

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神宮式年遷宮」の意義
  1953年(昭和28年)10月5日、外宮遷御の儀。
史上初めて写真撮影が許可された。式年遷宮を行うのは、萱葺屋根の掘立柱建物で正殿等が造られているためである。
塗装していない白木を地面に突き刺した掘立柱は、風雨に晒されると礎石の上にある柱と比べて老朽化し易く、耐用年数が短い。
そのため、一定期間後に従前の殿舎と寸分違わぬ弥生建築の殿舎が築かれる。

漆を木の塗装に用いるのは縄文時代から見られ、式年遷宮の制度が定められた天武天皇の時代、7世紀頃には、既に礎石を用いる建築技術も確立されていた。
現に、この時代に創建(または再建)された法隆寺の堂宇は、世界最古の木造建築としての姿を今に伝えている。とすれば、当時の国力・技術をもってすれば、神宮も現在にも残る建物にすることは可能であったと思われる。
それをあえて、定期的に膨大な国費を投じることとなる式年遷宮を行う途を選んだ理由は、神宮にも記録がないため不明である。

推測される主な理由としては、次の4点が考えられる。
過去の建築様式である弥生建築の保存のため。
当時においても、過去の建築様式である弥生建築を保つことに何らかの意義を見出していたために、式年遷宮によって建築様式の保存を図ったのではないか。
神道の精神として、常に新たに清浄であること(「常若(とこわか)」)を求めたため。
建物がいまだ使用可能の状態であっても、老朽化することは汚れ(ケガレ。気枯れ)ることであり、神の生命力を衰えさせることとして忌み嫌われたため、建物を新しくすることにより神の生命力を蘇らせ、活性化することになると考えられたのではないか。
大嘗祭、新嘗祭、神嘗祭など、祭祀の意義が再構築されたため。
毎年行われる天皇祭祀である新嘗祭に対して、天武天皇の時代に初めて行われた大嘗祭は、即位後初めて行われる新嘗祭であり、一世一度の行事として特別視された。
これに対応して、毎年行われる神嘗祭に対して、20年に一度行われる大神嘗祭として、式年遷宮が行われるようになったのではないか。
皇宮の遷移に代えて、遷宮が行われたため。
天皇の住まいであり政庁である皇宮は、天武天皇の治世以前には、天皇の代替わりごとに移し替えられていた。
しかし、恒久的な宮である藤原京が建設されることとなり、宮の遷移が行われなくなったため、その意義を神宮の遷宮に託したのではないか。


三連休明けの平日だというのに
   どこもかしこも 参拝客で溢れかえっていました
この列は カメラの後ろにも ひっきりなしで続いています

   それでも「神宮」は 人混みに汚れることもなく
格別の静謐(せいひつ)さ 空気感を漂わせています
 

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また、式年遷宮が20年ごとに行われる理由についても、同じく確たる記録はないため不明である。
推測される主な理由としては、以下の5点が挙げられる。

建物の「清浄さ」を保つ限度が、20年程度であるため。
これは、耐用年数という意味ではなく、神道の宗教的な意味における「清浄さ」である。
建替えの技術の伝承を行うためには、当時の寿命や実働年数から考えて、20年間隔が適当とされたため。
建築を実際に担う大工は、10歳代から20歳代で見習いと下働き、30歳代から40歳代で中堅から棟梁となり、50歳代以上は後見となる。
このため、20年に一度の遷宮であれば、少なくとも2度は遷宮に携わることができ、2度の遷宮を経験すれば技術の伝承を行うことができる。
旧暦の「朔旦冬至(さくたんとうじ)」(11月1日が冬至にあたること)が、19から20年に一度の周期(メトン周期)であるため。
一世代がおよそ20年であるため。
神嘗祭に供される穀物の保存年限が20年であるため。

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「用材」
  遷宮においては、1万本以上のヒノキ材が用いられる。
その用材を伐りだす山は、御杣山(みそまやま)と呼ばれる。

御杣山は、14世紀に行われた第34回式年遷宮までは、3回ほど周辺地域に移動したことはあるものの、すべて神路山と島路山、高倉山という内宮・外宮背後の山であった。

その後、内宮の用材の御杣山は第35回式年遷宮から三河国に移り、外宮の用材の御杣山は第36回式年遷宮から美濃国に移り、第41回式年遷宮から第46回式年遷宮までは伊勢国・大杉谷を御杣山とした。
この伊勢国大杉谷は、徳川御三家の一つ・紀州徳川家の領地である紀州藩にあった。

しかし、原木の枯渇による伐り出しの困難さから、第47回式年遷宮から、同じ徳川御三家の一つ・尾張徳川家の領地である尾張藩の木曾谷に御杣山は移された。
以後、第51回式年遷宮のみ大杉谷に戻ったものの、300年以上にわたり木曾谷を御杣山としている。

明治時代には、木曾谷を含む尾張藩の森林は国有化された。
明治時代後期から大正時代にかけて、木曾の赤沢をはじめとする地域に神宮備林が設定され、樹齢200年から300年の用材の安定提供を可能とする計画的植林が行われ始めた。
第二次世界大戦後、神宮備林の指定は外されたものの、以後も遷宮用材の主な供給地となっている。


「内宮正殿」は 参拝客で 長蛇の列でした
  内宮正殿内は 一切撮影が許可されません
ここら辺りが限界です


     PB060854.jpg


神宮では、1923年(大正12年)に森林経営計画を策定し、再び正宮周辺の神路山・島路山・高倉山の三山を御杣山とすべく、1925年(大正14年)または1926年(大正15年/昭和元年)から、三山へのヒノキの植林を続けている。遷宮の用材として使用できるまでには概ね200年以上かかるため、この三山の植林から生産された用材が本格的に使用されるのは110年以上後の2120年頃となる。
また、この計画は、400年後の2400年頃には、三山からの重要用材の供給も目指す遠大なものである。
なお、内宮正殿の御扉木について、本来の様式通りに一枚板とするためには、樹齢900年を超える用材が必要となると試算されている。
2013年(平成25年)に行われた第62回式年遷宮では、約700年ぶりに、この正宮周辺三山からの間伐材を一部に使用し、全用材の25%が賄われた。

さらに、明治100年記念として神宮が購入した宮崎県・鹿児島県の記念林は、当初の目的は財政補給であったものの、ヒノキの生産に適していると見られることから、三山および瀧原宮の神域林とあわせて、用材の供給源となることが期待されている。

式年遷宮の際に解体される旧殿に使用された用材は、神宮内やその摂社・末社をはじめ、全国の神社の造営等に再利用される。
例えば、内宮正殿の棟持柱については宇治橋神宮側鳥居となり、さらに関の東の追分の鳥居となる習わしである。また、外宮正殿の棟持柱は宇治橋おはらい町側鳥居となり、さらに桑名の七里の渡しの鳥居となる習わしである。

2013年(平成25年)の遷宮では、ヒノキ不足から遷宮史上初めて、青森産のあすなろが用いられた。
  ≪以上情報:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%AE%AE%E5%BC%8F%E5%B9%B4%E9%81%B7%E5%AE%AE より≫


  「外宮正殿」の板塀 参拝客は ひっきりなし
     途切れるのを じっと待って やっと撮れた一枚です
  内部は一切撮影禁止で 正殿出口の近くで撮っていても 咎められました


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神宮式年遷宮」 お参りできて よかったね

    はい お疲れさまでした


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お伊勢参り 伊勢神宮 20年に一度の「神宮式年遷宮」 その2 完

   
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コメント
香月 りら さん
コメントありがとうございます

> 20年に一度の「神宮式年遷宮」
> 何故20年に一度なのかが 記事を拝読させて頂きよく理解に及びました
> 長蛇の列
> まさに
> 老若男女ですよね
> まるでデートかのようなカップルも多いようですね
> でも 私達世代の方々がそれだけ興味を持っていると
> いうことになりますよね
> 静謐さ 空気感
> お写真から 充分 伝わってきますよ
> 私も 階段を上がった気分で拝見しています
 ⇒  「静謐さ 空気感」 感じて頂き 嬉しいです

「お蔭参り(おかげまいり)」は、
江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣。
数百万人規模のものが、60年周期(「おかげ年」と言う)に3回起こった。
お伊勢参り または抜け参りともいう。

お蔭参りの最大の特徴として、奉公人などが主人に無断で、または子供が親に無断で参詣したことにある。これがお蔭参りが抜け参りとも呼ばれるゆえんである。
大金を持たなくても信心の旅ということで沿道の施しをうけることができた時期もあった。

江戸からは片道15日間、大阪からでも5日間、名古屋からでも3日間、東北からも、九州からも参宮者は歩いて参拝した。岩手の釜石からは100日掛かったと言われる。
≪以上情報:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E8%94%AD%E5%8F%82%E3%82%8A より≫

日本国民 老いも若きも 総出 という感じですね
これらのことから 伊勢参りは 特に 神宮遷宮の年は 歴史的にも 国民的行事と言ってもよさそうですね

伊勢まで徒歩とは遠いですよねえ、、、
お疲れ様です
今は交通の便が素晴らしく感謝感謝ですね

りらさん
写真ライフ エンジョイしましょう~♪
 いつもありがとうございます。

【2013/11/14 23:45】 | クメゼミ塾長 #LCCNbXwA | [edit]
紗真紗 さん
コメントありがとうございます

> 森閑とした中に、尊厳をもって立つ鳥居、
> すばらしい景です。。。
> 1枚目と2枚目のお写真に惹きこまれます。。。
 ⇒ 「鳥居」 気になりますよね (笑)
鳥居の向こうの空気は 静謐さを保っていました
空気感が違うというか その雰囲気が表現できたらいいなあ
なかなか難しいですねm(_ _)m

> 20年前に行ったきりでしたので、
> 気持ちを込めて拝見させていただきました。
> きょうも、ありがとうございました~!
 ⇒ 20年前といえば先の遷宮の時でしょうか
 まさか!? 赤ちゃんではなかったですか!? 
私はとっくにトウが立っておりましたが (笑)
次の遷宮は 多分 黄泉の国辺りだと思いますm(_ _)m
今を充実させて 明るく 元気に 生き生きと!! ですね

 紗真紗 さん
いつもありがとうございます。
写真ライフ エンジョイしましょう~♪ 

【2013/11/14 23:34】 | クメゼミ塾長 #LCCNbXwA | [edit]
20年に一度の「神宮式年遷宮」
何故20年に一度なのかが 記事を拝読させて頂きよく理解に及びました
長蛇の列
まさに
老若男女ですよね
まるでデートかのようなカップルも多いようですね
でも 私達世代の方々がそれだけ興味を持っていると
いうことになりますよね

静謐さ 空気感
お写真から 充分 伝わってきますよ
私も 階段を上がった気分で拝見しています
【2013/11/14 21:33】 | 香月 りら #sSHoJftA | [edit]
クメゼミ塾長さま^^こんにちは~♪

森閑とした中に、尊厳をもって立つ鳥居、
すばらしい景です。。。
1枚目と2枚目のお写真に惹きこまれます。。。

20年前に行ったきりでしたので、
気持ちを込めて拝見させていただきました。
きょうも、ありがとうございました~!
v-22
【2013/11/14 16:57】 | 紗真紗 #- | [edit]
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